最近おもしろかったアメリカ社会学の本


コロナ禍で、普段は読まないような本を読もうという気分になっている人もいるかもしれない(いないか?)

アメリカ社会学の最近の本の中にも、日本語に翻訳されることはなくとも、優れた作品も多いので、最近読んでおもしろかったものをいくつか紹介したい。特にインタビュー調査や参与観察などのいわゆる「質的調査法」を使ったモノを選んだ。単純に物語としておもしろく読める作品もあるし。

ここでは私がザックリと読んでおもしろいと感じた本を独断と偏見に基づいて紹介するだけで、以下の本はテーマに沿って選ばれているわけではなく、そのきちんとした要約でもない。ましてやレビューでもないのでそこにはご留意ください。

Lives on the Line: How the Philippines became the World's Call Center Capital



Jeffrey Sallazさんはアリゾナ大の先生で、私が勝手に憧れている社会学者の一人である。研究の発想がクリエイティブ。この本では、フィリピンがなぜインドを抜いて世界一のコールセンターの「首都」になったのかを書いている。2000年に3,000人の労働者しか雇用していなかった産業が、いかにして15年間で100万人を雇用するまでに成長したか、というのはたしかに興味深い問いである。

労働市場の変化と国境を越えた資本の流れを経済社会学的に捉える、という全体像の書き方と、現場の労働者の経験を書くバランスの取り方がすごいと思う。

大卒で英語が堪能なフィリピンの若者にとって、海外に移住して孤独な環境に身を置き、彼女・彼らの学歴からすると納得がいかないサービス業や工場労働などをするか、家族や友達の周りにいられるが一日800円程度 しか稼げない(!)フィリピン国内のホワイトカラーの仕事をするか、という極端な二択しかなかった状況にあらわれた外資のコールセンターは魅力的だったというのはうなずける話。

また、コールセンターで働くゲイの労働者は多いらしく、その労働と差別の経験に注目した章があるのだが、これはインタビューや参与観察などの方法論を使っているからこそできることである。

The Patchwork City: Class, Space, and Politics in Metro Manila



著者のMarco Garridoさんはシカゴ大の若手の社会学者。フィリピンの首都マニラにおいて、スラムとミドルクラスが隣り合った地域で隔離されていることによって生じる階級意識の深化と、その政治化について書いた本。

この階級の対立が、なぜスラムの人たちがジョセフ・エストラーダというポピュリスト政治家( ピコ太郎に類似した見なりが印象的で、なおかつ貧困層に対してほとんど政策的支援をしない人物)を支持することにつながるのかという分析が非常におもしろい。

「エストラーダは他の人と違ってスラムの人たちを見下していない。食器を使わずに自分たちと同じように手で、自分たちと同じご飯を食べてくれる」というような語りに納得。こういう「一見矛盾した行動を、本人たちがどう理解しているか」についてなにか言えるのは統計をつかった研究にはない強みである。

ファストフードばっかり食べているトランプのこととか、維新の政治家の低俗発言とか勝手に色々と想起してしまった。

フィリピンではめちゃくちゃ優しいホストファミリーに恵まれ、取材の許可取りをしてくれただけでなく、ホストのお母さんがほとんど全部インタビューを書き起こしてくれたらしいのが、そんなことあるのだろうか…。うらやましい。

ホストファミリーに恵まれてー。

Making the Cut: Hiring Decisions, Bias, and the Consequences of Nonstandard, Mismatched, and Precarious Employment




著者のDavid Pedullaさんは夏からハーバードの社会学部で教えるそう。仕事の採用プロセスにおける、求職する側ではなく、採用する側の行動や意味づけを理解しようというのは労働系の社会学で一つのアプローチというかジャンルになっているようだが、それを不安定雇用という自分が興味を持っている分野に用いた本なのでおもしろかった。

仕事の偽アプリケーションを雇用者に送る実験と、採用担当者ヘのインタビューを行っている。採用担当者は、雇う人を決めるの基準となる「ストーリー」を必要としていて、それを履歴書の限られた情報の中から推測して組み立てる、という議論は納得がいく。

インタビューされた医療機関の人事担当者いわく、「修士号と博士号を持っている応募者たちが応募してくる。けれど、なんでこの人たちは(高学歴なのに)掃除とか雑務のポジションに応募してるんだ、という話になる。ここにはストーリーがない。ストーリーが必要なんだ。」(P.63から意訳)

「他に仕事がねぇからだよ」と思わず応募者に感情移入してしまった。

The Extreme Gone Mainstream: Commercialization and Far Right Youth Culture in Germany



著者のCynthia Miller-IdrissさんはワシントンDCにあるアメリカン大学の社会学者。なんでもドイツでは、極右=スキンヘッドに革ジャンというのは過去の話で、おしゃれな右翼服ブランドが跳梁跋扈するとんでもない時代に入っているそう。

Thor Steinerという一つのブランドだけでも200万ユーロの年間売り上げがあるというのだから大変な話である。Billy Bragという歌手/左派活動家の「The revolution is just a T-shirt away(革命まではTシャツ一枚の距離)」という歌詞が引用されているのだが、今は右翼がこの言葉を地で行っている模様。

右翼文化の商業化を、右翼ブランドのプロダクトの画像を基にして作成したデジタルアーカイブの分析と、ベルリン近郊の、比較的極右を多く輩出する二つの学校の生徒へのインタビューという手法で分析している。最近は、右翼の研究は非常に多いが、画像分析という手法で文化社会学的にアプローチしていて、目新しくておもしろかった。アメリカでも日本でも、ここまで洗練された右翼のイメージブランディングというのは聞いたことがないが、今後出てくるのでしょうか。

著者による共著のSeeing the Worldというアメリカ社会科学における地域研究の本でもそうだったのだが(この本の内容も興味深いのでそのうち書きたい)、リサーチデザインを詳細に説明してくれているので勉強になる。また、今年もう一冊Hate in the Homelandという極右に関する本を出すようなのでこちらも楽しみである。

問題は、こういう本たちと自分の書いているモノを比べてしまうとなんだか落ち込んでくる。こんな投稿に需要があるのかはわからないが、おもしろい本は色々とあるので、たまに紹介してきたい。

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