韓国外大の思い出

ブログ、超久しぶりの更新となってしまいましたが、ご報告。

今月末をもって、2020年から4年間お世話になった韓国外国語大学を退職することになりました。

大学院を出たばかりで実績も経験もなにもない20代のわたしを採用してくれ、いろいろなものを与えてくれた韓国外大と韓国で会ったみなさんには本当に感謝しかありません。 

そのうち韓国生活の思い出なども書いてみたいですが、大学を離れるにあたって、韓国外大で良かったことを振り返ります。 

研究とのんびり

 

韓国外大は変わったシステムを採用していて、韓国人教員と外国人教員のトラックが明確にわけられています。

 

外国人教員は事務や会議を完全に免除されていて、基本的に授業だけやっていれば良かったので、学期中も普通に研究ができました。

 

また、授業はひとつあたり1回3時間の15回で、休みもなく大変だったのですが、長期休暇が比較的長くて、1年のうち約5ヶ月間は基本的に大学関係の仕事はありませんでした。こうして勉強したり、のんびりしたりする時間がもらえたのは駆け出しの人間には恵まれた環境でした。


論文を書かないとクビになるというプレッシャーはありましたが、それでも日本の大学の先生方と比べると、かなり牧歌的な生活だったと思います。それだけ時間をもらっていたのに、のんびりする方向にエネルギーを傾けすぎて大した成果を出していないのですが。

 

大学の裏にはナイスな小山があって、ここに学生さんたちや教員寮の友達とハイキングに行ったのも良い思い出

韓国の学生さんたちと学べた

 

韓国の超優秀な大学生や大学院生の人たちと一緒に勉強できたのは、得がたい経験でした。

 

韓国外大の学部生も大学院生も、びっくりするくらい日本語も英語も語学のレベルが高くて、日本についてよく知っています。

 

とくに、最初の年は前任者の先生が開講していた近現代日本史という植民地期の話がすごく多く出てくる学部の授業を、歴史が専門でもないし、くわしくもないわたしが教えることになったので胃が痛かった…。


韓国の学生さんたちは、植民地期の歴史については非常にくわしいので、自分の無知さ加減に焦りつつも、学生さんたちから色々と話を聞いてむしろ教えてもらいました。

 

くわしいことには非常にくわしい一方で、

 

学生さん 「やっぱり武士道が日本人の行動原理を規定してるじゃないですか?」

 

あさひな 「えっ、そうなの?」

 

みたいなこともしばしばあっておもしろかったです。

 

韓国でもアメリカでもどこでも、日本に関心をもつ中心的な要因はアニメ、AV、ドラマ、J-POPのどれか一つ、またはその組み合わせだと思いますが、もう少し別のレイヤーには韓国独特の要素もあり「あぁ、そういうのがおもしろいのね」という学びがあり、みんなが日本のどういう所に関心を持っているのかを知れたことは非常に勉強になりました。

 

たとえば「日本のデジタル化(もしくはキャッシュレス化…etc)は、なぜこれほど遅れているのか?」というのは韓国の学生さんに結構人気のあるテーマという感じがしますが、これは韓国のデジタル化が進んでいるからこそ思いつくことというか、アメリカとかヨーロッパではこういう問題関心を持っている学生さんはあまりいない気がします。

 

春と秋はピクニックもしまくった。ダイソーで買ったブルーシートが4年間役立った


世界中の学生さんたちと学べた

 

ここに来る前は予想していなかったのですが、国際地域大学院で教えていたので、さまざまな国や地域出身の学生さんと勉強できたことも大きかったです。

 

ヨーロッパから自費で来ている留学生に加えて、韓国政府の奨学金をもらってくる東欧〜中東〜アジア全域〜ラテンアメリカの学生さんが大勢いて、国際地域大学院に限れば少なくとも私がこれまでに在籍したことのある大学のどこよりも、地域的な多様性はあった気がします。

 

わたしは、学部でも大学院でもアメリカ風の社会学しか勉強したことがなかったので、彼女・彼らの話を聞いて、わたしが知っている社会学という学問がいかに「グローバル・ノース」に固有の問題設定をしているのかというのをあらためて考えさせられました。

 

たとえば、いま日本や韓国で問題になっている「非正規雇用」の増加はそもそも安定した雇用がある程度社会に根付いたことのない社会においては問題にすらならない、とか。

 

ひとことにジェンダー不平等といっても、マイクロアグレッションがパッと頭に浮かぶ人と、名誉殺人とか誘拐を思い浮かべる人の間では必ずしも話が噛み合わない、とか。

 

世界の過半数以上の人はおそらく、そもそも安定した仕事とそれに基づく社会契約が存在したことがない社会、マイクロアグレッションよりも激烈な暴力が問題となっている社会に住んでいるのですよね。考えてみれば当たり前ですが。

 

とはいえ、いろいろな不平等の根元では同じような原理が働いていたりして、社会学の普遍的な部分とそうでない部分などなど、日々考えさせられることが多かったです。

 

あと、色んな人がいるのは単純に良いことですね。日本や韓国の教育制度の中では弾かれてしまいそうな、ダイナミックな人たちと会えて楽しかったです。

 

あさひな 「今からわたしが外に行って、そこを歩いている100人の学生にキムチが好きかどうか聞いてみたとしましょう。するとなんと!全員キムチ好きでした。

 

つまり、韓国の人は全員キムチが好きということです。

 

この推論のやり方はどこか変ですね?そもそも、これは意味のある問いの立て方とは言えませんね?」

 

学生Bさん 「いいえ。わたしは4年間韓国に住んでいますが、キムチが嫌いな韓国人を一人も見たことがないです。」

 

あさひな 「……」

 

〜議題は「社会科学における推論」から「キムチが嫌いな韓国人はいるのか?」に転換、激論の灯がともる〜

 

というような毎日で、真面目な人にはストレスかもしれませんが、わたしは楽しかったです。

 

冬は寒かった。とにかく寒かった…

たのしい社会学

 

わたしは韓国外大に来るまで誰かになにかを教えた経験がほとんどなく、その方法を学んだこともありませんでした。

 

「なにかを教える」とはどういうことかというのを、韓国外大の学生さんたちが教えてくれました。ティーチングは難しくて、今もよくわからないことが多いのですが、自分がこうありたいという「良い先生」のイメージをつかむことができた気がします。

 

至らないところだらけでしたが、それでもみんな楽しんで勉強してくれたのと、どのクラスでも学生さんたちがみんな仲良くなっていたのが、この4年間の一番の成果ですね。

 

今後のテーマは「たのしい社会学」です。社会学にはもっとユーモアが必要な気がしますね。内容が暗いことばかりでも、たのしく学べるようにポジティブにやっていきたいです。

 

完全に余談ですが、最近はドンマイ川端さんという方が鹿児島の弱小柔道部の指導をするYouTubeの動画シリーズにはまっていて、川端さんと生徒さんたちのやり取りから「たのしい社会学」に役立ちそうなインスピレーションを受け取っています。

 

韓国にはまた年1~2回は来ると思うので、みなさん引き続きよろしくお願いします!

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