I live in Tokyo, I live in Tokyo, I live in Tokyo…:留学に必要な試験TOEFLの話
コンピューターの「ミーン」という作動音だけが重苦しく響く茅場町の雑居ビルの小部屋のなか、若者たちがなにかに取り憑かれたかのように
「I
live in Tokyo, I live in Tokyo, I live in Tokyo…」
と画面にむかって呟いている。
留学に必要なTOEFLという試験にはマイクに英語を吹き込むスピーキングテストがあり、そのマイクテストで「あなたはどこに住んでいますか?」と聞かれるのだ。コンピューターが満足するまで。
何度も受けている常連たちは機械的に「I
live in Tokyo, I live in Tokyo, I live in Tokyo…」とつぶやき続けるのだが、はじめてうける私のような新人は、意味がわからず、真面目に
「あ…あい…リヴインナカノ、ファイブミニッツフロムナカノステーション、ウィズマイペアレンツ…」
としどろもどろに答えてしまい失笑を買う。
逆に、帰国子女とか英語できるやつは
「I
live in Ebisu neighborhood of Tokyo. Well, actually I grew up in New York but
moved to Tokyo when I was 15. My relatives live in Upstate New York to date…」
などと素晴らしい発音で饒舌をかまし、まわりの受験者を恐れおののかせる。麻布十番にあるテンプル大学日本校は週末になるとさながらTOEFLセンターと化すのだが、場所柄こういう饒舌野郎が多くていつも憂鬱な試験場だ。
この日は、早朝から通勤ラッシュの東西線でもみくちゃにされながら茅場町までやってきて4時間にわたる長期戦のTOEFLを受けた。この前の週に、赤羽にある小学校ではじめてこの試験を受けたのだが、このときは小学校のパソコンがボロすぎて、インターネットにつながらなくなり途中で試験中止と相成ったのだった。
茅場町から2週間後、インターネットで結果を見て愕然とした。
全部でスコアが79点しかなかった。120点満点で、一流校の多くは100点を足切りラインにしている。つまり100点くらいないと選考さえしてもらえないのだ。
そこから一念発起して猛勉強した、のならよかったのだが、こっちは20年以上怠惰スタイルで生きているのでいまさら興味のないことを勉強しろといわれても無理である。
私が勉強したいのは社会学であって英語ではない。
TOEFLにでてくるのは、考古学の授業の録音とか、美術学とか、生物学とかこっちの勉強には何も関係ないことばかりだ。今考えればどうでもいいことだが、この当時は「生物学と天文学の授業が多すぎる」と真剣にブチ切れていた。
この年は何回も受けたが、最終的に出願のときには92点しかなかった。本当に落ち込んだ。日本の大学院に行く友達だってもっといい点数をとっているのに。それでも受け入れてくれたハワイ村には足を向けて寝られない。
このTOEFLをやっているETSというのがとんでもなくせこい企業で、TOEFLやSATなどアメリカの大学・大学院に入るために必要な試験を一社で独占して1回約2万円という不当に高い試験料をとっている。その上、試験結果を大学院に送付するにも1校1,500円くらいかかる。試験直後、結果がわからない状態なら5校くらいまで無料で送付できるのだが、人生がかかった試験を結果もわからないまま大学院に送るような人はあまりいないだろう。
市場を独占して不当に価格をつり上げるというのは典型的な独占禁止法違反ではないか。
実は、ハワイ村で1年半くらい勉強した後、他の博士課程に出願するために再び受けたのだが、その時も努力むなしく107点だった。中国人や韓国人はTOEFLの塾など環境が整っていてめちゃくちゃできる人が多く、115点とかざらなので、アジア枠の日本人は彼らと比較されるとつらい。
IVYリーグの合格者数トップ10に唯一アメリカ以外の高校でランクインしている韓国の外国語高校や民族リーダーシップアカデミーなどの超エリート校では、高校を卒業した時点で107なんて低い部類だ。
ETS社のパノプティコンことTOEFLセンター |
TOEFLは英語の試験ではない
と、これでは何の救いもない話だが、TOEFLができるというのは単にTOEFLができるというだけの話で、英語ができるということではない。逆に、TOEFLができないからといって英語ができないとは限らない。現に僕の友達で昔アメリカに住んでいたり、英語圏の高校を卒業していたりして英語がペラペラでもTOEFLができなくて入学後に補習授業を受けた人もいた。
ざっくりいうとコツは4つに分けられる。
一つ目には、TOEFLはきわめて特殊な拷問であり、基本的にはやればやるほど耐性が上がる。つまり、実践は最大の練習。TOEFL用の模擬試験集などを大型書店やAmazonで購入して何回もやることが大切だ。しかし、いくら自分で努力しても本番の緊張感や「I
live in Tokyo」の空気感は実際にやってみないとなれないので、お金をケチらず何度も拷問を受けた方がいいと思う。
二つ目に、小賢しいテクニックが重要だ。ライティングの問題などは、パターンが決まっているので、パラグラフの構造と書き出し、書き終わりのセンテンス、イントロとコンクルージョンを暗記しておいてパズルのように中だけ変える。こうした創意工夫がないと、非ネィティブが制限時間内に必要な文字数を書くのはほとんど不可能だと思う。また、試験を一番最後に始めて、他の人がスピーキング部門で話していることを耳をそばだてて聞いていると、質問の内容がなんとなくわかるとか、本当にろくでもないスキルがいっぱいある。こういった情報はインターネットにあふれているので情報収集を怠らないことが肝心。
三つ目に、会場は大事。いい会場もあれば悪い会場もある。新しくできた御茶ノ水駅前のプロメトリック社の会場などはコールセンターのような机で一応プライバシーがあるのだが、
赤羽の小学校のような会場だと、ペラペラのプラスチック板を挟んだ20cm隣に他の受験者がいる。まだ自分がリスニング問題をやっているときに「I
live in Tokyo… I live in Tokyo…」と始まってしまうと全く問題に集中できない。「I
live in Koshigaya… I live in Koshigaya…」とか正直に答えるやつが隣だと「この人越谷から麻布十番まで朝8時半に来たのか、大変だなぁ…」とか考えてしまい、気が散る。
セクションとセクションのあいだに出てくる謎の男 |
逆に隣の人がスピーキング部門を終え、ライティング問題をやっているときにペラペラのプラスチック板を隔てて「I live in Tokyo… I live in Tokyo…」とやるのは好き者にはたまらない羞恥プレイだ。あと赤羽の小学校は寒くて凍死するかと思った。
四つ目に、TOEFLの試験は英語の試験としては問題があるが、体力と集中力をはかる試験としてはすばらしい。これからは大学院ではなく自衛隊志願者に受けてもらうことを提案したい。
4時間のあいだ、10分間の休憩を除いてずっと集中し続けなければ高得点はとれない。本来人間は4時間も集中できるはずはないのだが…。そのため、集中を維持するためのストイックな作戦が求められる。
前日は余裕を持ってはやく就寝し、二日酔いで行くのは論外である(←二度この過ちを犯した経験者が語ってこその説得力)。10分の休憩時間にはチョコなどを爆食いし英気を養う。また、カフェインは切れたときに一気に集中力が下がるので摂取しない。私は休憩時間にタバコを吸って気力の充実を図るため、わざわざ10分以内に喫煙所に行って戻ってこれる会場を探した。
最後に、合言葉は「I live
in Tokyo」。やれ越谷だ、センター北だのと言って他の人の邪魔をするのはやめよう。
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