2022年に読んだ本ベスト10
なんとも凡庸だが、1年の短さってやばい。
今年は気持ちに余裕がなくて本をあまり読まなかった。かわりに論文をいっぱい読んだり、仕事を激烈にしたかというと、そういうわけでもないのが悲しいところ。怠惰に日常を送るという意味ではあくまで平常運転だが。あまり本を読んでいなくても、おもしろい本はいっぱいあった。ということで、今年おもしろかった本。
例年どおり、わたしがたまたま今年読んだ本であって、今年出た本ではない。それと、順番は適当で、上にあるほうがより良い本というわけではない。
それで君の声はどこにあるんだ――黒人神学から学んだこと 榎本 空
ユニオン神学校の問を叩いてジェイムズ・H・コーンやコーネル・ウエストから学んだ沖縄出身の青年の記録。頂いてたまたま読んだのだが、表現もリズム感も含めてとにかく文章がすごくて痺れる。彼の思想をなぞろうとする学生たちにコーン先生が聞く「それで君の声はどこにあるんだ」は重い問いだ。
木曜殺人クラブ リチャード オスマン
イギリスの老人ホーム(?)の入居者たちが警察を差し置いて勝手に殺人事件の解決に奮闘する推理小説。最初は結構スローな感じだし登場人物の名前が覚えられなくて寝る前に少しづつノロノロ読んでいたのだが、後半は早く読みたくて二晩くらい夜中に一気読みしてしまい昼間しんどかった。
人類初の南極越冬船 ──ベルジカ号の記録 ジュリアン・サンクトン
1年もの間南極の氷のなかに閉じ込められた(しかも真冬のあいだは光の全くない暗闇の中)ベルギーの南極探検隊の記録。明るく冷静で、精神的に崩壊していく隊員たちを危機から救うも、のちに詐欺罪で晩年を刑務所で過ごしたアメリカの医師クックをはじめとして登場人物のキャラクターがたっていて、今年読んだ本の中で一番おもしろかったかも。
「トランプ信者」潜入一年 ~私の目の前で民主主義が死んだ~ 横田増生
潜入の手法でおなじみの著者がミシガン州を拠点にトランプの選挙キャンペーンに潜入。トランプサポーターになりすますというやり方は英語で発表しないからこそできることでもあるし、おもしろかった。本を書くためとはいえ自腹でMAGA帽買うの嫌だな。超体張ってる取材。
ザリガニの鳴くところ ディーリア・オーエンズ
家族から捨てられ、ノースカロライナの湿地帯の中を一人で生きた女性の一生と、そこでおきた殺人事件、というミステリー小説。すごく売れて映画化もされたみたいだし、今さら自分の無知とミーハーさをさらけ出しているようだが、おもしろかったのでしょうがない。同じ著者と元夫の若い頃の砂漠での研究生活を書いたノンフィクション『カラハリが呼んでいる』もとんでもない本。著者は動物学者だというし、カラハリ本も読むとなぜ自然の描写がこんなにうまいのかより納得がいく。
Halfway Home: Race, Punishment, and the Afterlife of Mass Incarceration Reuben Jonathan Miller
アメリカでは黒人男性(そして徐々に女性も)の大量投獄が社会問題となっている。著者は刑務所から出てきた人たちの経験を長期間にわたって調べて、現行の制度はそうした人たちが社会に戻ることを可能にするどころか、むしろ彼女・彼らに足かせをはめていることを明らかにしている。著者の父や兄もそうした人たちの一部で、彼自身も日常生活のレベルで影響を受けている。本当に解決されないといけない問題だ。素晴らしいエスノグラフィーだが、なによりも読み物として優れていて仕事を放り出して一気に読んでしまった。邦訳がないのだが、今年読んだ本のなかでもっとも感嘆した1冊なので近いうちに邦訳が出てほしいという願いもこめて。
僕の狂ったフェミ彼女 ミン・ジヒョン
4年ぶりに再会した元カノは「狂ったフェミ」になっていた。彼女を「普通」の人間に戻そうと奮闘する主人公男性スンジュンの目線から語られるのだが、読んでいくほどに彼女は正論しか言っていなくて、むしろ「狂って」いるほど的を外し続けるのはスンジュン、という対比がよくできていておもしろかった。スンジュンの主張は韓国の世の中の男性が思っていることを抽出して極端化したものであり(そのほとんどは日本にも当てはまる)、自分も思い当たるフシがあるから怖い。テーマは深刻だが、言葉のチョイスがおもしろくて一人でクスクスしながら読んだ。
数学者たちの楽園――「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち サイモン・シン
サイエンス・ジャーナリスト、サイモン・シンが「ザ・シンプソンズ」の様々なエピソードにこめられている数学トリビアの数々とその制作の裏側を細かく紹介してくれる。アニメにもアメリカ文化にも疎い私は、正直、ひょうきん家族のアニメドラマというくらいの印象しかなかったので、こんなにすごいことになってたのか(!)と目から鱗。
日本の私立大学はなぜ生き残るのか 人口減少社会と同族経営:1992-2030 ロジャー・グッドマン/ジェレミー・ブレーデン
オックスフォードの人類学者ロジャー・グッドマンと共著者のジェレミー・ブレーデンが、「なぜ、予想されていた日本のいわゆる下位私立大学の大量倒産は起こらなかったのか?」という問いについて長年のフィールドワークをもとに考察。研究でわかったことをおもしろい読み物として成立させる技量がすごい。これは今年の本だと『縛られる日本人』しかり、『人権と国家』しかり。わたしも来年こそは、いや、そのうち精進します。
語学の天才まで1億光年 高野秀行
これはもう。高野さんのファンなので仕方ない。これまでの様々な本を書く過程でものすごい数の言語を独学で学んだ過程が書かれているのだが、個人的にはこれまでの本の裏話として楽しく読んだ。特に中国語を教えてくれた大連鉄道学院の莫先生との交流が『ワセダ三畳青春記』の続編のような感じで最高。わたしも高野さんくらいセンスがあればなぁ、と思ってしまうが、人生まだ長いから来年…、そのうち精進します。自分の声を探して。
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