焼き鳥屋のパンクロッカーさんの犬の名前はウンコ

フィールドワークのための「韓国語練習」こと飲み歩きが思わぬ成果をあげることがある。

社会学者の岸政彦さんが言っていた、インタビュー中にその家の犬が死んだとか、研究にはまったく役に立たないけど記憶に残る「断片的なもの」というやつだ。

わが下宿の近くには小さな焼き鳥屋があって、路上に突き出すように店を出してモクモクと焼き鳥を焼いている。


焼き鳥はうまいとは言えない、いやまったくうまくない。とはいえ家から近いし、ビール3000ウォン(280円くらいか)と安いし、屋外で酒飲むのが好きなのでたまに行く。


で、その焼き鳥屋の路上席には毎晩毎晩酒を飲んでいるタトゥーだらけで、ビリビリの真っ黒のシャツとジーンズ、棘だらけのアクセサリーというパンクロッカーのユニフォームを着たパンクロッカーがいる(以下パンク氏)。

犬を連れて。白と黒のまだらのフレンチブルドッグみたいなやつ。犬も棘だらけの首輪をさせられている。

店先で勝手にパンクロックを爆音でかけながらひとり頭をふりまくって飲むというかなり独創的な飲酒スタイルだ。かなり気になる存在なのだが、怖すぎて話しかけられない。

焼き鳥屋で見かけるだけでなく、近くに住んでいるのかうちのまわりで犬のウンコを拾っているのを2回ほど見た。いよいよ好奇心が高まる。どういう人なのか話してみたいと思った。しかし勇気が出ない。


そんな頃、たまたま同じ下宿のT君とビールを飲みに行こうとしたらパンク氏を発見。わたしの日記によると
  • 9月30日。Tくんと昨日見つけたけど結局行かなかったLP時代に行くかということになる。8時30分ごろに出発するも、道すがら焼き鳥屋に、毎日ここにいて前から気になっていたパンクロッカーがいるのを発見。パンクロッカーの横に女の子がいたので、とりあえずあたりを1周くらいしてどうするか考える。Tくんも、「あの人はやばそうだね」ということでかなり逡巡するも、勇気をだして「行ってみましょう」となる。
ちなみにLP時代はT君が行きたがっていたLPレコード飲み屋である。

焼き鳥屋の4つしかない路上カウンター、危険をさけるためわたしはさりげない動きで一番端の席を死守。右からパンク氏、犬、T君、私という席順である。以下再び日記から引用。
  • Tくんは「犬がいるんならまずは犬をほめるとことから攻めた方がいいね」といっていたが、犬を触ろうとしたら早速「噛むからさわんなよ」と冷たく言われ、びびりまくる。しかし、「こわいっすね」などといっていたところ、「外国人か?」と聞かれ、「日本人です」というと、態度が一変。「俺大阪に彼女がいたから」と突然日本語で喋り始めた。
予想外の展開。パンク氏は日本語はそれほど話せないが、われわれも連日「韓国語練習」しているので酒を入れれば簡単な会話なら饒舌。

元彼女は大阪で相撲のふんどしのデザイナーをしているらしい。その人が韓国語留学に来ていたときに知り合ったらしい。

後日この話を友人Aさんにしたところ、「ふんどしにデザインなんかないよね?」と、もっともなことを言われた。考えてみれば確かにそうだ。ふんどしの前につけるあの四角いやつのデザイナーなのかな?
  • 犬の名前を聞くT君。「ウンコ」とパンク氏。「はい?」とT君。「ウンコ」とパンク氏。「チンチャヨ?(本当に?)」とT君。
爆笑してしまった。このときは外国人だから馬鹿にされているのかなと思ったが、何度聞いても本当に「ウンコ」らしい。

というか本名は「ウンコスィー」らしい。ウンコに韓国語の敬称の「氏(씨)」をつけて「ウンコスィー」なんだと我々は思い込んでいたが、パンク氏によると「日本にLUNA SEAってバンドあるだろ。あれのウンコ版」とのことである。つまり本名は「UNKO SEA」ということになる。

「意味のある名前がいやだった」という意見には共感したが、それにしても…。

パンク氏は、強調したいときだけ日本語がでてくる。

毎日焼き鳥屋で飲んでるパンク氏に「毎日酒飲んで大丈夫ですか?僕も毎日飲んでるんで健康が心配なんですけど」と聞くと、「めっちゃ大丈夫!」とのこと。パンク氏が言うんだから間違いない。これで今日も安心して酒が飲める。

かと思ったら「太ってるやつは死ぬ」と、不穏なことを言う。パンク氏は20kgの減量に成功したらしく、今は1日1食、夜焼き鳥屋に来てキャベツを食べるだけだという。焼き鳥とかビーフジャーキーとかいろいろ頼んでいたがそれはいつも「ウンコ」に食わせているらしい。「ウンコ」が死ぬぞ。

ソウルの金持ち地域カンナム出身のパンク氏は中学生の頃から「エクストリーム音楽がめっちゃ好き!」だったらしい。「エクストリーム音楽」が何かよくわからないがパンクの一種と推測。

けど韓国では「エクストリーム音楽」が全然人気ないので「生活めっちゃ大変!」らしい。
  • 日本の音楽にかなり詳しいパンク氏は持参のスピーカーからYouTubeでマッチや長渕剛を爆音でかけ、ソウルは新村の路上で熱唱。
焼き鳥屋は迷惑だったに違いない。「俺がおごるからうちの近くのコンビニで飲もう」と誘ってくれた(韓国の人はコンビニの前で飲みます)。

道すがら、パンク氏は「ウンコ」のリードをはなしてしまって、韓国人には意味がわからないのをいいことに「ウンコ〜!!あまり遠くに行くなよ〜!」と大声で呼ぶがこっちが恥ずかしい。

このへんは備忘録に書いていないが
  • コンビニで睨まれ肝が冷える
とある。これは、「生活めっちゃ大変!」といっていたパンク氏におごらせるのは悪いだろうとコンビニでわたしが勝手に払ったら、殺さんばかりの勢いで睨まれ、会計終わってたのにコンビニの店員にお金を返させてパンク氏がもう1回払った事件のことだ。優しい人である。しかしまじで殺られるかと思った。

パンク氏は、北朝鮮にある北・南共同の工業地帯でのアルバイトに2mくらいあるめちゃくちゃ長いドレッドで行った(写真を見せてもらったが本当に2mくらいあった。ドレッドで2mって、地毛は何mあるのか)。

そこで北朝鮮の人の暮らしを見て涙したという。他にもいろいろと興味深い話をいろいろ聞かせてもらった。

クロード・S・フィッシャーという都市社会学者がそういうことを言っていたと思うのだけど、こういう「変人」たちの多様性が都市を都市たらしめているのかなーと酔っ払いつつぼんやりと思った。

備忘録は
  • なぜか隣の店の扇風機の羽根を外すのを手伝わされる
という記述で終わっている。夜中の1時半、韓国料理屋の長年の油の蓄積でガチガチになった扇風機の羽根を外すのを手伝わされるパンク氏。優しい人である。また会いたい。

今日も焼き鳥屋で飲んでいるのかな。


結局外れなかった

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