エスノグラフィーは貧困ポルノか?

アメリカでもハワイでも韓国でも経済状況が悪くて不平等がひどくなっていることを多くの人が体感している。それゆえ、貧困にかんするエスノグラフィー(住み込み調査みたいなものです)がとても多くなっていて、他人の貧困をある種のポルノとして飯だねにしているという批判がある。私の博士論文の研究も東京とソウルの若者の経済的不安のエスノグラフィーなので耳が痛い。



代表的な例を二つあげたい。アメリカ社会学では、アリス・ゴフマンの On the Run: Fugitive Life in an American Cityというフィラデルフィアのゲットーでの6年間の生活と参与観察をもとにした本が2014年の発売以来論争を起こしていて、ここハワイ大でもいまだに語り始めるととまらくなってしまう生徒や先生がいる(もうさすがに飽きたよ!!)。また、ハーバードの社会学者、マシュー・デズモンドが書いたEvicted: Poverty and Profit in the American Cityという、ミルウォーキーでの参与観察にもとづいた、貸家から追い出される貧困層の話も賞を取りまくっていて、最近ではノンフィクションの賞で最も権威あるピューリッツァー賞も受賞した。

  


On the Run

アリス・ゴフマンは超有名な社会学者アーヴィング・ゴフマンの娘で、ペンシルバニア大学に在学中に授業のレポートのために学食で働くアフリカン・アメリカンの人々の生活を参与観察したことから、彼らが住むアメリカでも最も貧しいエリアに移り住み、社会から虐げられているアフリカン・アメリカンの生活を書いた。本と同名の博士論文はアメリカ社会学会の最優秀博士論文賞にも選ばれた。

本はアフリカン・アメリカンの人々を取り締まる異様なアメリカの警察機構による暴力を子細に記述しており、そのコミュニティの人は多かれ少なかれマリファナの所持とか免許不携帯とかの微罪で警察から逃走中であることから
「逃亡中」というタイトルになっている。刑務所が民営化されているアメリカではどうでもいいことで人を捕まえてぶち込まないと刑務所のベットに空きができてしまうので儲からないし、そういう人たちを時給数十円で奴隷労働させないとそれに依存している企業が困ってしまう。アメリカは奴隷制を廃止したが、警察の力を使って国内に奴隷労働の仕組みを維持しているのである。



と、いうことがストーリーとしてうまく書かれている。体験の深みもあるし、私は読んだとき単純に感動した。そして数秒後、自分にはこんなの書けないぞ、と落ちこんだ。ところがこの本が大論争を巻きおこした。第一に、ゴフマンは彼女の研究に参加してくれた人たちの殺人謀議に参加したというかどで、他の大学教授から共謀罪で訴えられることになった。第二に、この本があまりにもリアルすぎて嘘くさいんじゃないかと批判された。うまく書かれすぎているが故に信憑性が疑われる、という悲惨な目に遭った。批判する人たちの言い分もわからないではないが、金持ち家庭出身の白人女性が貧困層のアフリカン・アメリカンの日常をこんなに書けるはずがない、というような思い込みから来ている気がする。



アリス・ゴフマン

Evicted

Evictedの著者のマシュー・デズモンドは、自分が貧困層出身で、大学生のときに実家が強制立ち退きという憂き目に遭った。

Evictedは、強制立ち退きというこれまであまり注目されてこなかった事象を深掘りしている。アメリカでは年に数百万人の人が家を追い出されているという。ミルウォーキーでは9人に1人の人が過去に強制立ち退きを経験している。こうした経験をしているのは女性で、なおかつアフリカン・アメリカンやヒスパニックの人が圧倒的に多い。例えば、Arleenという女性は2人の子供がいるシングルマザーで、子供時代の虐待の経験からうつ病を患っている。福祉からもらえる628ドルとフードスタンプだけが収入だが、その88%を月550ドルの家賃に取られその他に光熱費がかかる。当然、家賃を納められない月も出てくる。



低所得者向けの賃貸業をインナーシティで営む人や強制立ち退き専門の引っ越し業者がいる。賃貸業者は、低所得者が犯罪歴や過去の強制立ち退きの記録から他では家を借りられないことを知っていて、家を修理せず、壁に穴が開いていたり、暖房がなかったり(ミルウォーキーの1月の平均最低気温は-9度、平均最高気温は-2度だ)、玄関の鍵が壊れているような家を貸している。これらの家は人間が住むのに適切な環境ではないため、貸せば違法になる。警察が来たりすると困る。そのため、Arleenが障害のある子供の発作のために救急車を呼んだりすると、それを理由に強制立ち退きを迫るのである。賃貸業者には幸いなことに、収入の70-90%を家賃に払っている低所得者層では家賃滞納は日常茶飯事。追い出す理由には事欠かない。デズモンドが住んでいた低所得者向けトレイラーパークのオーナーはこのビジネスで年5,000万円ほどの収入がある。貧困ビジネスだ


マシュー・デズモンド

近年、エスノグラフィーは(ノンフィクションもそうだが)1人称で書かれることが主流になっている。あたかも空の上から観察していたかのように物語調で書くやり方が問題視され、「私が」見たことを「私の」視点から書くのが一般的になった。デズモンドはこの本でそのやり方を否定し、自分の視点を廃して3人称で書いている。このやり方は読みやすくて臨場感のあるエスノグラフィーに結実した。同時に、この書き方のせいで信憑性に疑問がでてくる。例えば、トレイラーパークを追い出されることを知った人が、自分のトレイラーのソファでクッションを怒りにまかせて殴り続ける、とか、薬をのんでそのまま眠りについた、といった記述があるが、他人が観察しているよこでそんなことをする人はあまりいないだろう。事実なのかデズモンドの想像なのか不明だ。ゴフマンがあんなに炎上したのにデズモンドは怒られないというのもよくわからない話ではある。

エスノグラフィーは貧困ポルノか?

近年、こうしたエスノグラフィーが非常に多い。貧困の苦しみやみじめさを取り扱った作品が増えた結果、人類学では学問全体が「ダーク人類学」化してしまったとUCLAの人類学教授シェリー・オートナーは分析する。なかにはトビアス・ケリーという人類学者のように貧困エスノグラフィーは他者の苦しみを消費するポルノになっているんじゃないかという人まででてきた。

貧困層は貧困エスノグラフィーを読まない。読んでるのはニューヨーク・タイムズを読んでいるようなタイプの人たちだろう。根底には読者の(僕もその一人である)、怖いもの見てみたさというか、自分は離れた場所から高見の見物ができるという感覚がある。だからこれほど不快な話を快適に読めるわけである(デズモンド自身はあまりにも最悪の現実に入り込みすぎて、調査のあと何年も憂鬱で苦しんだという)。結局そのような意味でおもしろいからみんな読むし、読まれるから書かれる。

日本でも新書や東洋経済オンラインみたいなウェブニュースで最近すごく貧困もの(女子とか老人とか若者とかジャンルは様々)が多い。正直、これは貧困ポルノとしか言いようがないんじゃないか?という書き物ばかりのように感じるので、決して海の向こう側に限られた話ではない。

ジャーナリストや社会学者・人類学者が人の苦しみを自分の仕事にしているのは事実である。しかし他方では、これらの本がなければフィラデルフィアの警察による暴力的な取り締まりやミルウォーキーの強制立ち退きの暴力は広く世に知られることはなかっただろう。そうした現状を明らかにし、政策への介入などを通じてそうした現状を少しでも変えることができれば誰もエスノグラフィーを貧困ポルノとは呼ばないはずだ。でも、単に他者の痛みを消費されるものとしておもしろおかしく提供しているだけでは貧困ポルノと呼ばれても仕方ない。自分も含めて今後大切な課題である。がんばろー。

コメント

人気の投稿