当たり前だが「反日」ほど単純じゃない韓国

数日前に韓国での語学研修とフィールド調査の準備から帰国し、東京でのんびりしている。韓国では特にハワイ大学の韓国系の友人たちや、むこうで会った人たちに大変お世話になった。普段行くことができない分、日本に帰ってくると毎日本屋で立ち読みしまくるのだが、いまだ嫌韓本の勢いはすごい。家の近くの書店では百田尚樹とケント・ギルバートの嫌韓系トンデモ本がそれぞれ売り上げトップ10に入っていたが、中野でこれだから田舎にいったらもっとすごいのかなぁ、と思ってしまう。韓国でさんざんむこうの人に優しくしてもらい、助けてもらったあとに、こういう韓国人を一括りにしたトンデモ論の盛り上がりを見ると違和感がある。

割り勘禁止


韓国ではいろいろなところに連れて行ってもらって、おいしいものを食べさせてもらった。日本に来た観光客の人もそうだろうが、ついたばかりの私には、うまいとかまずいとか、高いとか安いといった基準すらわからないので大変助かった。韓国社会は割り勘をあまりしない。そのうえ、外国人の我々には絶対に払わせてくれない。さすがに毎回ごちそうになるわけにも行かないので、そろそろ会計という雰囲気になってくるとキャッシャーにダッシュするのだが、絶対に払わせないという姿勢はすごい。外国人ともなると、レジの人までグルになって絶対私のカードは受け取らない。


つれてってもらった豪華海鮮焼き。うまいかったー。


韓国のひともうなぎを食べる、ただしコチュジャン味。

その上、韓国語があまりできないわたしをいろいろな人に紹介してくれたり、インタビューできる人を探してくれたり、いろいろな契約等についてきてくれたりと、さんざんお世話になりっぱなしだった。毎度お世話になって恐縮していたら、お前はお世話を受ける立場なんだから、黙って好意に甘えろとパイセンに怒られた。文化的違いなのだろうが、とにかく面倒見がいいというか、人情があるというか、優しいのである。日本で他の国の学生におごったことなんて一度もない私は反省しきり。

「反日」という大発明


と、わたしの周りの人が優しいからといって韓国人がいい人だとか悪い人だとかいうつもりはないが、それでも嫌韓本が言うほど世界は単純じゃないということを言いたい。嫌韓的な人たちは勢いがあるが、その理由の一つは、嫌韓知識人たちが「反日/親日」というカテゴリーを再発明して、世界の見方を変えたことだと感じる。いわく、韓国や中国は代表的反日国家で、親日国家というのは、政治問題などに言及せず、日本を「アジアの盟主」的に扱ってくれる、アジアの経済的後進国のことらしい。一見「韓国がうるさい、中国がうるさい」というだけの言葉に見えるが、
基本的な考えはアジア主義みたいな戦前からのナショナリズム思想と連続性があるという構造になっていて、結構うまくできている感はある。その視点に入り込まないと見えない論理があるわけで、日本のリベラルの人たちの「反日」批判が上から目線だとむしろ反感を招いてしまうのもわかる気はする。

「反日」ほど単純じゃない

しかし、国というレベルで考えると、韓国の人ほど日本のことをよく知っている人たちはあまりいないんじゃないかと思う(あとは台湾か?)。韓国の人たちは日本が韓国を意識してる以上に日本のことを意識しているので、日本に行ったことのある人も多いし、文化などにも大変詳しい。日本語を最近勉強し始めたという人たちの勉強会に行って、好きな作家を聞いたら江國香織といわれてむしろその場にいた日本人たちが「誰ですか…?」となっていた。日本の居酒屋も流行ってるらしく至る所にある、ので日本食もよく知っている。(余談だが、韓国では「がんばれ父ちゃん」という日本では見たことのない酒が圧倒的人気である)。逆に日本人の韓国知識のほうが怪しい。


日本人からは知られていなかった江國香織



日本では見たことないが…。

と、いうようなことを書くと、個人レベルではいい人がいても国がそういう国なんだとか、僕の周りの人たちは高学歴だから理解があるんだという反論がありそうだが、一概には言えないと思う。要は、「反日/親日」というのは単純で、現実を見るには適していないレンズだ。韓国の人の日本観は大変複雑だと聞く。一方では、先に経済成長を果たしたパイセンであり、ある種のあこがれの対象である。他方では、自分の国をかつて植民地化した憎むべき相手であり、日本の植民地化がなければ北と南が分断される悲劇につながらなかったとも言える。今日も帰りに本屋によったら「反日極左政権の発足で朝鮮半島は大混乱!」という見出しの雑誌があったが、反日=左、親日=右というのは日本での話であって、そもそも、親日の意味が日韓では全く違うとこのあいだ教わった。それ以前に右派であれば当然自分の国を植民地支配していた国を肯定的に捉えるはずがない。

習ってきた歴史が全然違うので(というか日本の学校では戦前・戦後の歴史ほとんど習わないので)、全然違うモノの見方になってしまう。韓国にももちろん、現在の日本人をかつての日帝と同一視して憎しみを持つ人はいるが、そこには「反日」と同様に本人たちの目線からしかわからない論理があるのであって、とりあえず「反日」というレンズを一旦置いて考えなければ理解しようがない。逆に、韓国の友人の中にも必要以上に日本を美化して捉えて、日本はきれいだから裸足で歩けるとか、コンビニのおにぎりが最高にうまいとか(韓国のコンビニおにぎりー三角キンパと言いますーと味は変わらない気がする)いう人もいるが、それはそれで極端というか、美化でも蔑視でもなくというわけにはいかないのかしら…。

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