「絶望」の韓国と「さとり」な日本?①

ブログを書きたいと思いつつも、のんびりとしたハワイでのぼんやり生活と違い、ソウルでは毎日いろんな人に会って忙しくも刺激的な日々で間が空いてしまった。これはこれでハワイよりも楽しいけど東京で社会人やっているみんなは大変なんだろうなぁと思った次第。書きたいことはいろいろあるが、ここのところ延世大学で発表する予定の論文をずっと書いていたので、その一部について。

隣の芝生が気になる日本と韓国

世界的に、持つものと持たざるものの格差の広がりは今日最も重要な社会問題の一つだ。特に、若者の間で。トランプの当選、ブレクジット、朴槿恵の罷免などが階級と世代が入り交じった問題として語られるのには訳がある。その中で、日本と韓国はお互いのことを鏡として見ている(もちろんどちらの国にとってもアメリカが一番重要な鏡なのだが、アメリカはあまりに「遠い」社会である)。日本でも韓国でも、もともと、格差に関する言説というのは「一億総中流」みたいなものが主流だったのだが、日本ではバブル崩壊以降、韓国ではアジア通貨危機以降、こうした言説が説得力を持つのは難しくなった。最近では、朝日新聞Globeが「韓国のあした」という特集をやったし、朝日のソウル支局長が書いた「ルポ 絶望の韓国」も出たばかりだが売れているようである。



そうした言説には、一つの特徴がある。まず、シンシアリーみたいな保守派の人が書いてるやつが多くて、韓国は異常に不平等が「ヤバい」社会として描かれ、「それにくらべると日本はなんていい社会なんだ〜」というあべしんぞが喜びそうな議論のネタとされている。リベラルな人が書いたものでもこの論理構造は基本的に一緒で、朝日の特集にあるようにいかに韓国の不平等がヤバいかというのを数字と実例で示したものがほとんどである。

対して韓国側は日本をどう見ているかというと、これはわたしの韓国の知識が浅いのであまりはっきりとは言えないのだが、一方には、日本を不平等社会の先輩と捉え、日本が経験した「失われた20年」にこれから韓国が突入するという見方がある。ただ、そうした見方にしても、韓国はすでに日本よりも不平等なのに、これから先どうなってしまうんだ…という感じで、韓国が日本よりも不平等ということは前提とされている。

他方では、日本をある種の成熟した社会として捉え、日本の若者は物質的な価値観を離れて貧乏でも楽しく暮らしている、そして韓国はそこから学ぶべきだというような言説がある。日本ではあまり評判が良くないようだが、日本の若者は貧しくても「幸せ」なんだと論じる古市憲寿の「絶望の国の幸福な若者たち」の韓国語版は大きな話題となったし、こういう議論は韓国人が見る日本人の姿に重なるから大いに受けるのである。韓国に限らず台湾などでも素人の乱の松本哉の活動などはすごく人気があるらしい。

「ヘル朝鮮」と「さとり」な日本

日本と韓国がお互いの目にどう映るかというのは、自分たちの目に自分の社会がどう映っているかという問題でもある。韓国で人気のある世代言説は「ヘル朝鮮」といわれるやつで、金持ちの家に生まれれば心配ないが、それ以外の子供たちは地獄のような競争の中で生きなければいけないという状況を現在の韓国を貴族制だったむかしの朝鮮王朝になぞらえて皮肉る。またスプーンの階級理論という、金のさじをもって生まれてきた子供たちは一生安泰だが、銀のさじや泥のさじをもって生まれてきた子供たちは…というやつも人気がある。そこから派生して、結局若者はチキン屋になるしか生きる道がないとする起承転鶏理論なども出てくるわけだ。



対して日本はどうかというと、一方には誰もが平等にダメージを受ける戦争だけが、片田舎でアルバイトをしながら両親と暮らす惨めな人生からの唯一の救いだと論じた「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」につらなるような「貧困世代」論がある。私感だが、こうした言説は、韓国でへル朝鮮が得ているほどの人気がなく、むしろ社会全般で広く受け入れられているのは前述の古市憲寿の若者幸せ理論とか、2013年の流行語大賞にノミネートされた「さとり世代」といわれる、貧乏なんて気にしない(©KOHH)言説である。日本の若者は貧しくてもマックで100円でコーヒー飲めるし、服はユニクロで買って、友達と週末に葛西臨海公園でバーベキューしたりして、つながり重視で、そこそこ幸せに生きている、というような議論だ。



日本人は自分の社会を平等だと信じたがり、逆に韓国人は韓国がいかに不平等がひどいかを強調したがる傾向が読み取れる。実際に韓国の人は日本の人よりも不平等を感じているようなのである。ISSPという国際的なサーベイ調査によると、9割以上の韓国の回答者が「収入の不平等が大きすぎる」と感じているのに対して、日本の回答者の間では8割未満である。別のデータをもとに若者だけを見てみると、韓国の若者の2人に1人以上が「裕福な人と貧乏な人の格差が大きすぎる」と感じているが、日本の若者の間では5人に1人しかそう考えていない。つまり、一般的な言説やサーベイの結果を通してみると、日本人の目にも、韓国人の目にも、韓国は日本よりも不平等な社会とうつるようである。

韓国は本当に日本よりも不平等か?

ということは、韓国は日本よりも不平等な社会なのかというと、そうではないのである。これがおもしろい。これまでの研究によると、1)非正規雇用などの不安定な仕事の増加、2)それに伴う中間層の衰退、3)それと同時に起こる富の一極集中によって、持たざるものと持つものの差が開いて不平等が悪化するのがここ最近の多くの社会でのトレンドである。

で、これらに関する統計などを参照してみると、日本と韓国の不平等悪化のレベルはほとんど同じか、むしろ日本のが少しひどいのである。非正規雇用は両社会で激増したが、日本のほうが伸び幅は大きいし、中間層の数に関しても同様に日本のが下げ幅が大きい。収入、富の一極集中に関しても、日本と韓国はほとんど同じレベルである。結果、ジニ係数という収入の不平等を表す数字は近年日本のが大きい。韓国は必ずしも日本よりも不平等が大きい社会ではないのだが、双方の社会では不平等の感じられ方が違うのである。

日本との比較に限らず、他の「先進諸国」と比べても韓国では、実際の不平等のレベルとその感じられ方の間のギャップが大きい。これを、不平等が「誇張」されていると考えるか、それとも韓国の人は例外的に「正確」な不平等の感じ方をしているとみるかは、個々人の政治的な立ち位置によって変わってくる。いずれにしても、統計など学者が作り出している客観的なものさしと、不平等を個人や集団がどのように感じるかという主観的なものさしの間に差があるのは事実である。というようなことを以前言ったら、経済学者の先生からそれはお前の統計の見方が悪いからであると猛反論を受けた。しかし、それでは客観的な不平等の指標は、常に不平等を人々がどのように感じるかという主観的ものさしよりも重要だと言っているようなものである。客観主義と主観主義のどちらにもとらわれずに、その間を理解するようなアプローチが必要だ。ともあれ、客観的指標によれば日本の不平等はすでに韓国並みかそれ以上にヤバいのだから、日本は韓国よりも平等だという証拠を探して安堵していないで、この問題について真剣に考えるべきではないか。

コメント

人気の投稿