人間は他の生物を食べてもいいのか?

われわれは他の動物の肉を毎日のように食べている。しかし、人間は自分の食欲のために他の動物を殺めてもいいのだろうか?というかむしろ、人間と同じ痛みを感じる動物の肉を食べることが許されるなら、なぜ人間の肉を食ってはいけないのか。つまり、人間の命は動物のそれよりも大切ではないのだろうか?

ハランベ

昨年、アメリカのシンシナティ動物園でゴリラを近くで見てみたかった3歳の子供が柵をよじ登ってゴリラ園に入った。子供に近づいたハランベというゴリラは射殺された。ハランベ17歳の誕生日の翌日の出来事である。

この子供が勝手にハランベのテリトリーに入った結果、何もしていないハランベが殺されることになった。これはハランベがゴリラでこの子が人間だったという単純な種に基づく差別である。

ラッパーのDumbfoundeadはこの事件を黒人が黒人であるという理由だけで警官に暴力を受ける状況にたとえて曲をつくった。


すべてのものには理由があり、例えば、貧しい人は能力がないから貧しいのであって不平等にはそれ自体に意味があるという機能主義という考え方がある。食肉について機能主義的に考えてみると、1)動物は人間よりも劣っているので食べられても仕方がない、2)いずれにしても人間は他の動物の肉を食わないと死んでしまうというふたつの理由が考えられる。

理由1)はハランベの例から考えて間違いだと思われる。なぜならハランベは人間の3歳児に知能、身体能力が優るのに3歳児よりも命の値段が低いとされたから。この3歳児が大人になれば、ハランベより優秀になるから中長期的にはその限りではないとい考えもあるかもしれない。しかし人間の成人がゴリラよりも優れているとは単純には言えない。現在人間がゴリラよりも優れているとされる理由は、『理不尽な進化』にあるように単純に遺伝子レベルでゴリラより優秀だからというよりはたまたま地球環境の変化が味方して数の上で多数になったという運の良さによるところが大きい。

アホウドリを殺さなかった人たち

理由2)はベジタリアンやビーガンの人が栄養失調で死んでいないことから間違っていると言える。これについては、動物の肉以外に食べるものがたくさんある現代に特有の状況だという反論もあり得る。しかし歴史的にみても動物の肉を食べないと生きていけないとは必ずしも言えないようである。

伊豆諸島に鳥島という島がある。ここは海流の関係から遭難した人たちがよく流れ着く島で、ジョン万次郎もアメリカに渡る前この島に漂着して5ヶ月過ごした。この島には水や木がほとんどなく、アホウドリしかいないうえに漁にも適さない。なのでアホウドリしか食うものがない。ここに1697年に漂着した今でいう鹿児島の人たちは、最初のうちアホウドリがヒナに与えるエサを横取りして飢えをしのいでいた。その後、自分たちの命をつないでくれたアホウドリを殺しては人道にもとるという理由から、餓死することになっても仕方ないと腹をくくり1羽も殺さなかったという(高橋大輔『漂流の島』)。

多くの殺人や自殺が自分の尊厳を守るために起こるように、道徳は命と同じくらい大事な問題だ。ここから、食肉の是非は栄養学というよりも道徳と文化の問題であるように思う。(これは結構根深い議論で、人類学者マーシャル・サーリンズとマルヴィン・ハリスは食人は文化によるものか、それとも特定の地域では人間が最も効率的な栄養源であるから起こるのかについて激しい論争をした。)

植物は痛みを感じるか?

と、ここまでは人間と動物という二項対立でどちらの命が大切かという風に考えてきたが、野菜とかの植物はどうなんだという話になってくる。私はここ1年ぐらい肉を食べるのは倫理的に間違ってるんじゃないかという風に悩んでいるが、仮に野菜にも野菜の生命があるとすると、そもそも何かを食べること自体がいけないこととなってくる。しかし何かを食べないことには死んでしまうので、問題はどう食べるかという一点になる。

2013年のアメリカ人類学会大会をはじめとして、最近は落ち着いているようではあるものの、人類学ではオントロジカル・ターン(存在論的転回)が流行っている。この中では、「自然」と「文化」とか「人間」と「人間以外」みたいなわれわれの存在に関する二項対立が疑問視されている。環境破壊によって人間も人間以外も同じ脅威に直面しているときに、人間とそれ以外の生物の差異なんてあまり意味がないとかそういう話である。その話を昨日先輩としていた際、そのパイセンは植物は植物なりに痛みを感じていると思うと言っていた。たしかに、植物の痛みを人間の痛みの比喩では理解できないことは植物が痛みを感じていないということにはならないなーと思ったのであった。

と、なにも答えはないものの、仮の考察として、人間の命が他の生物の命よりも大切であるという考えは間違っているように思う。問題は、人間は他の生物を食べてもいいかどうかというところにある。a)全く問題ない、b)動物は問題あり、c)動物、植物ともに問題ありといった立場があるし、それに対する答えもいろいろあるので簡単には言えない。いずれにしても、動物、植物ともに感謝して無駄にせず必要な分だけ食べるというのは根本的に悪いことではないので、それがとりあえず答えが出るまでのつなぎの答えである。

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